施設の商品力強化の観点においては、客室面積の拡大、露天風呂の導入ほか、水周りのグレードアップ、リビングの拡充整備、ベッドの導入、空調・空気清浄・除湿・加湿機能の拡充、AV機能整備といった主に客室ハード面の強化、充実をうたうケースが多い。一方、ロケーション、自然植生、昼夜の温度差、湿度など施設を巡る環境を生かし個性、特性として訴求している事例は多くない。
旅の主な目的として、地域の自然、名所などの「見物や行楽」が30%と「慰安」に次いで大きなシェアを占めている (10年度日本観光協会調べ) 。地域の自然環境や清涼な大気も大きな観光資源であろう。施設のハード面にウエートが置かれ、施設を取り巻く環境や自然資源の整備、商品としての景色の創造や活用がやや後回しになっていたのではなかろうか。
元来、多くの旅館は、その地域の風土が育んだ建築文化の集大成とも言える建物であり、さらに地域の植生を生かして庭園を造り、取り巻く自然を借景とする、環境と一体となった建物であったと思う。近年、鉄筋コンクリート造や鉄骨鉄筋コンクリート造が主流となり、箱の中の空調性能が向上するにつれ、地域の自然環境に関係なく調整された空間に滞在することが容易となり、その土地の大気、夜気、あるいは朝の冷気に触れる場が少なくなってきた。
避暑地の高原リゾートでも、避寒地のリゾートでも年間わずか10日に満たない冷暖房のための空調機が必需品となっている。装備されている機能は使うのが当たり前で、外気の方が心地良い季節であろうと窓は遮へいし、空調機はフル稼働することとなる。施設全体にもっと外気を取り入れ自然環境に触れる場の提供が必要ではないか。日中の空気と異なり、地方、あるいはリゾート地の朝夕の気温の変化、香り、祭囃子、せせらぎや、木の葉の揺れる音など楽しみは多い。環境を生かす工夫に満ちた商品化により顧客満足度の向上、環境負荷の軽減、損益構造の改善と"一石三鳥"も可能である。
外気に触れる施設として例えば、開放的な食事処を造ってみてはいかがか。その土地ならではの味覚が並ぶ食卓で、その食文化を育んできた自然環境にもっと身近に触れられればより一層食事が楽しくなる。もちろん悪天候時の代替会場の確保も必要だが。
信州のある旅館で白銀の朝、冴えた空気の廊下を渡り、食事処の部屋に入った。その赤々と熾された火鉢の暖かさの中で戴いた朝餉は今でも忘れられない。こういう体験こそ旅に求めていることではないだろうか。
(観光経済新聞2011年10月15日掲載)
企画設計室 竹原 和利